kechappu

片田舎のスーパーに陳列されているケチャップが見た夢

理想

今週のお題「理想の老後」

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「よっこらせっと」

広くないこの家で一番日当たりのいい場所。寝室の窓際に置かれている丸いテーブルと二脚の椅子。その片方の椅子に腰を掛け、高価ではないが買うのに勢いの要ったティーセットを並べる。

足元にすり寄ってくる三代目タマを抱えあげ膝に乗せる。タマは三度のまばたきのあとグリグリと頭を私に押し付け、具合がいい場所を見つけたのか寝息を立てだした。

極力動かないように気を使いながら紅茶をカップに注ぐ。「とっとっとっ」とリズムのいい音が鳴る。紅茶の良し悪しや、上手ないれかたなんかは詳しくない。日向ぼっこと、膝に乗った温かい重み。朝の臭いに交じる紅茶の香りと、リズムのいい音。その相性が間違いないことは知っている。

「時間がすぎるんが早いね、もたもたしよおとすぐ年末ばい」

「ちっちっちっ」と規則正しい時計の音が響く。

時が過ぎるのが早い。60数年の人生の中で何度も思ってきた。一日一日はなんの変化も感じられなかったのに、いつの間にか老人だ。動きもとろいし目も悪い。歳を取るごとに時間はどんどんスピードを増して、気持ちが追いつく間もない。

変わっていくのは自分だけではない。じいちゃんも、ばあちゃんも、父ちゃんも、母ちゃんも、先代のタマたちも。古いもんからどんどん居なくなっていった。

「お父さん、今日は少し肌寒いね」

呟く声に返事はない。

長年連れ添った夫とは25の歳に一緒になった。夫は私にとって、最良の人だとは言えなかった。稼ぎが多くなかった為、私も仕事にでた。働くのは嫌いじゃない、仕事に出るのは構わない。家のことは私に任せっきりで、休みの日にはパチンコに出かけた。パチンコ、スロット、麻雀、競馬、オートレース、宝くじ。ギャンブルが好きな人だった。

「あんた今頃、なんしよんかね。私の事、見守ってくれてよんかね」

もちろん良いところも沢山あった。外に出るのが好きな人だったから、引きこもりがちな私を色んな所に連れって行ってくれた。釣りは存外楽しいものだったし、自分で釣った魚は美味しく感じた。寒い季節には小さなバーベキューセットと安い肉で暖をとった。

浮気をしない人だった。気付かなかっただけかもしれない。そうだとしても、私に対する愛を疑う事はなかったからそれだけで十分だ。

「長い時間ばい、あんたと過ごしたんは。なんに何でなんかね、短く感じるね」

生きる意味や理由は、この歳になってもわからないままだ。ただ思い返す時間は、悪い思い出すら愛おしい。

記憶を深くたどるほど瞼が重くなっていく。死ぬときはこんな風なのかね、こんな風に死ねたら本望だね。そんな事を思いながら私の意識は深く深く沈んで行く。

 

「だんっ」という衝撃に目を覚ます。タマが私の体を蹴り上げて、玄関に向かったのだろう。玄関の方が騒がしい。ちらりと時計を見ると12時を指している。うたた寝をした様だ、外はまだ明るい。重い腰を上げ、すっかり冷えた紅茶の残りを喉に流し込み、玄関に向かう。

「ばーば!」

幼い子が可愛らしい笑顔で駆け寄ってくる。抱き上げるのは難しいから、足に抱きついてきたその子を、撫でるに止める。

「お母さんただいま」

その声に目を向けると久しぶりに見る娘の顔があった。小さい小さいと思っていた娘も、気付けばおばさんだ。それでも子供の頃の面影を残す顔を見ると、いつまでも幼い子の様に映る。

「ほら!お父さんもはよ入って、お母さんに謝り」

娘に促されて入ってくるのは私の夫だ。歳をとって小さくなった様に感じる体を余計に縮こまらせて、夫はこちらにちろりと視線をやる。じっと無表情でその目を見つめ返すと、「俺が悪かった」と夫が小さな声で呟いた。

 

最近の趣味:紅茶・夫と喧嘩をした時に『未亡人ごっこ』をする・孫の顔を見る

 

おわり