kechappu

片田舎のスーパーに陳列されているケチャップの夢

前世持ちの少年

前世持ちの少年

 

 「オギャーオギャー」

 とある田舎の村に、新たな命の誕生を知らせる産声が響いた。大声で泣き叫ぶまるこいその赤ん坊には、立派な玉がふたつついていた。

 

 赤ん坊はスクスクと成長し、少年になった。少年になった頃、彼は自分が『前世持ち』だと知った。

 

 母親の買い物に、街までついて行った時のことだった。「ここにはね、前世持ちのお嬢様がいるらしいよ」そう言った母親に、少年は「前世持ちってなに?」と、問うた。母は「今の自分が生まれる前の記憶を持っている人よ」と言った。

 少年には前世の記憶があった、しかし何も覚えてはいない。ただ「とても幸せな人生だった」それだけを覚えていた。

 少年は母親に「僕も前世持ちだよ」と言った。母親は「この子ったら」っと言いながら呆れたように笑って、さっさと目当ての店に歩き出した。

 少年は『腑に落ちない』という気持ちを学んだ。

 

 少年はスクスクと成長し、青年になった。

 

 『前世持ち』という言葉を知って、少年は色々な人に「自分は前世持ちなんだ。」と言って回ったが、信じる人はいなかった。『前世持ち』とは大抵前世の記憶をしっかりと持っていて、少年の様に何も覚えて居ないなんて事はないらしかった。

 『前世持ち』は国に重宝される、彼・彼女等は不思議な知識や技術を持っているからだ。

 少年は文字を書くのも計算ができるようになるのも、人並みかそれよりも遅い位だったし、不思議な知識を持っていたわけでもなかった。それでも知っていた、自分が『前世持ち』だと青年になった今もはっきりとそう解っていた。

 

 青年は旅に出ることにした、それは『前世の記憶を見つける』為の旅だ。

 村の皆んなが反対した、両親なんかは泣きながら反対した。旅は安全なものではない、なんの護衛も付けずにフラフラと歩けばあっという間に獣の餌だ。何十年かに1人くらい青年の様に旅に出る若者がいる、しかし戻ってくる者はほとんど居なかった。

 しかも旅に出る理由が、前世の記憶を探す為ときた。村人も両親も夢を見て勘違いしているに違いない青年を、その勘違いのまま旅に送り出せるはずもなかった。

 

 しかし、青年の決意は固かった。

 朝早くまだ夜中の内に入る頃、青年は皆が寝静まった中を闇に紛れて村を出た。

 

 青年は決して無理はせず少しずつ、少しずつ旅をした。

 時には手間仕事をしながら日銭を稼ぎ、無いよりはマシ位の剣の扱いを覚え、他の旅人から知識を得た。

 

 そうして経験や知識を積み重ね、一歩一歩を積み重ね、生まれた村から遠く離れた土地にたどり着いた時に青年は壮年と呼ばれる年に差し掛かっていた。

 

 旅に出たときよりも幾分か大きくなった自分の手のひらを眺めながら、男はこれまでの旅を思い出していた。

 そこそこに長い旅の中で男はいろいろな人と出会い、時には行動を共にしたこともあった。秘境に隠されている宝を探す旅、行くあてが無く歩く旅、自分探しだと言う旅、何かから逃げる旅、死に場所を探す旅、色んな旅の形があった。

 旅の終わりにも、色んな形があった。

 町娘に恋に落ちた者、怪我で旅を諦めた者、急に親孝行がしたくなり家に帰る者、急に姿を消したもの、死に場所を得た者。

 喜び別れる事もあれば、悲しみ別れる事もあった。しかし最近ではそれと違った感情が芽生えるのに、男は気付いていた。

 

 それは這い上ってくる様な焦りと、纏わりつく様な不安感だった。

 これまでの旅の中で記憶への手がかりは欠片も見つからず、綿を掴んだほどの手応えすら感じられていなかった。

 このまま旅を続けてどうなるのだろうか、自分の旅の終わりは何処なのだろうか。そんなことを考えるうちに、いつの間にか男は眠っていた。

 

 次の日も男は歩いた。

 男は旅の中で、多くのことを学んだ。獣の気配や痕跡を見つけ、安全に旅する方法を学んだ。初めて訪れた場所で、水源を見つける方法を学んだ。人里から人里まで、都合よく歩くペース配分を学んだ。星から方角や位置を探る方法を学んだ。

 ただ、多くを学んだ男に出来るのは歩き進むことだけだった。

 

 歩き続け遂に世界の淵にまで辿り着いた時、男は老年と呼ばれる年になっていた。

 

 世界の淵は切り立った岩山のような大きな大きな壁だった。これまでただ愚直に歩き進む事だけを学んできた老人は、シワの増えた決して屈強そうには見えない手を迷いなくその岩壁に伸ばした。もしかしたらこの先に自分の求める旅の終わりが有るのではないか、少しそんな期待があった。

 一手一手、一歩一歩を焦る事なく進んだ老人は、世界の淵に最後の一手を掛けその向こう側を見下ろした。

 そこにあったのは、ただただ暗くどこまでも続く闇と、何も無い空間だけだった。

 

 老人は岩壁のなるべく平たく開けた場所に腰かけると、幾分か小さくなったように感じられるシワだらけの手のひらを眺めながらこれまでの旅を思い出していた。

 前世の記憶はいまだに見つからず、追い求めた幸せはいまやひと欠片も感じられない。何のために自分は、歩いてきたのだろうか。帰る場所すら、もう無いというのに。

 

 老人に残されていたのは、ただただ暗くどこまでも続く闇と、何も無い空間だけだった。

 瞬きの度重くなっていくように感じられる瞼と比例するように、老人は深く後悔した。そしてその後悔の波に押しつぶされるように、老人はいつの間にか眠っていた。深い、深い眠りについた。

 

おわり

 

 こちらもぜひお願いします。