kechappu

片田舎のスーパーに陳列されているケチャップの夢

見苦しいやつ

今日も1日が終わる。何時ものようにシャンプーと石鹸、それに少しのアルコールを混ぜた臭いに包まれて。

 

1日を振り返り、生産性を探すも直ぐに挫折する。何をしたかなんて自分が一番解っている、その中身まで自分が一番よく知っている。

毎日少しずつ違うだけ、終わりかたまでほぼ同じ。

嫌気はとっくの昔に指している、諦めることも覚えてきた。

 

そんな僕がこんな毎日を続ける理由と言えば、隣で眠る猫の温もりを手離しがたいのと少しの希望、後は惰性だ。

 

僕には突出した才能も、補う努力をする為の根性もない。というより僕からしたら、努力出来ることは素晴らしい才能だ。

 

今まで何かを頑張ってこれただろうか。熱しやすく冷めやすい僕のなかで続いているものは、この猫を愛しいと思う心位だろう。

 

その他のものは小さな摩擦や些細な隆起に躓いて、その度指の隙間やポケットからこぼれ落ちた。時には誰かに頭を下げたとき、リュックからボトボトと音を立て落ちていった物もある。

 

そんな僕は20と数年生きた今でも空っぽのままで、心まで淋しいのだろう。

明日は良いことがないだろうか、そんなショボい妄想で精一杯だ。

 

泣くことではないと思う、嘆くことでもないと思う。夢や目指すものを持てるのは、とても素晴らしいことだと思う。そして好きなあの子と両思いになるくらい、難しい事だとも思う。

 

そう、脳ミソでは理解しているのだ。それでも涙は溢れると決めずとも溢れてくるし、虚しいと思う心は心臓の辺りでジクジクと痛みだす。脳ミソで諦めたと思っていても、心は不親切に僕に訴えかけてくる。

 

ままならないな、と思う。

 

それでも付き合わなければいけない、付き合わせなければいけない。そうしないと生きていけない僕が、憎くて可愛そうで消してしまいたくて縋りつきたくて、仕様がないのだ。

 

希望なしに生きていけるだろうか、僕には無理だ。ほんの些細な「明日は良いことがないだろうか」そんなショボい希望を目指して、ショボくても僕は生きているのだ。

 

見苦しいよね、もがく力も無いくせに。一丁前に人に嫉妬して、そんな自分が消えてしまいたい位恥ずかしい。恥ずかしいな、ほんとに。

せめて堂々と嫉妬できる人間になりたい。恥ずかしがらずに嫉妬できる場所に立って、そこで思いっきり嫉妬したい。

 

ショボい希望ひっさげて、頑張ろう。

 

おわり。