勇者と猫

勇者と猫"


「ねえねえ、勇者君。君はどうしてそんなに傷だらけになりながら、戦うことができるんだい?あれかい?勇者は戦う事が好きなのかい?あ、それとも富と名声が欲しいのかい?そうだなあ、魔王を倒した時にはたらふく飯が食えるだろうね、一生飢えることは無いだろう。」

 

勇者は旅をしていた、魔王を倒すための。今日も何時ものように魔物を倒した所だ。何時もと違うのは、その戦いを見ていた傍観者が居たこと。

勇者は周りを見渡したが、誰の影も見当たらない。空耳かなと首を傾けていた所もう一度声が聞こえた。

 

「ここだよここ、木の上だよ。」

 

勇者は少し慌てながら、周りに立ち並ぶ木のひとつひとつを目で追った。しかし居たのは空に翔けだす小鳥や、のんきにあくびをする黒猫などの小動物だけで、人影は見当たらない。

 

「あーもーやだなー、今目があっただろ?黒猫差別ってやつかい?今更そんなの流行らないよ、黒猫ばかりが魔女の手下に思われるんだから。三毛や白猫の魔女付きだって居るのにさ。」

 

勇者はまさかと思いながら、幹の中腹から伸びる枝に腰掛けた黒猫を凝視した。

 

 「ん?僕の顔になにか付いてるかい?」

 

こてりと傾けられた顔、うなうなと動く口、しかしそこから飛び出すのは人間の言葉。勇者は最初魔物か?と考えたが、勇者は勇者だ。魔物の気配を間違えるわけがなかったし、いくら探っても黒猫から魔法の気配は無かった。

 

「あーなんだ、しゃべる猫は初めてなのかい?君が差別主義者じゃなくて安心したよ。勇者が黒猫が嫌いだなんて事になったら、魔物の次は自分の身が危ないからね。」

 

クスクスと笑いながら話す黒猫に、勇者は頭が追いつかないながらも必死に言葉を吐き出す。

 

「猫?が喋ってる。なんだ?何者なんだ?」

 

「ブハッ」と吹き出した黒猫はひとしきり笑い終わると、少し息を乱したまま話す。

 

「僕は、9回目だからね。9回にもなれば大体の猫が、話すくらいはできるようになるよ。そうだね、最近はあまり見ないかな、皆幸せに生きてるってことだね。」

 

いまいち要領がつかめなかった勇者は、黒猫にいくつか質問する。

 

「9回?って、何のことだ?猫は皆話せるのか?幸せだと話せないのか?」

 

黒猫は「はぁ」とため息をこぼすと、勇者を呆れた様な目で見てから説明しだす。

 

「勇者君って剣を握ることしか能がなさそうだからね、諺知らない?『猫に九生有り』ってやつ。猫には9つの魂が有るんだよ、僕はその9回目の生だって事だね。君より遥かに長く生きているよ、言葉だって覚えるさ。でもどんな猫も9回生きるわけじゃない。大体2、3回位が多いかな、飼い主さんと一緒に逝きたい子が多いからね。猫が次の魂を使うのは、後悔や恨みがあるときなんだ。幸せな猫ほど早く逝くんだ。」

 

勇者は馬鹿にされた事は理解したが、言い返す言葉も無いので何も言えなかった。代わりに何を言おうかと考え、ふと思った。

 

「つまりお前は8回死んでも果たせなかった、後悔か恨みがあるのか?」

 

勇者は口から出した後に、その言葉が無神経だった事に気付いた。相手は猫とはいえ年上であるし、コミュニケーションだって行える。人間と変わらず怒ったり、悲しんだりもするだろう。

 

「なかなか痛いところをつくね。」

 

黒猫は苦い様な顔をしたように見えた。勇者は黒猫に申し訳無く言葉が出せない。そんな勇者に黒猫は「フフッ」と笑うと言葉を続ける。

 

「そんな顔をしないでくれよ、勇者君。君の言ってる事は事実だしね。そうだね、僕は後悔してるんだ。でももう果たせない事だからね、やっと長い生も今回で終わりだし気ままに過ごしているだけだよ。」

 

勇者には黒猫が悲しんでいるように見えた。しかしそこを掘り下げるのは無神経だと勇者にもわかっていたので、「そうか」とだけ返した。

 

「そうそう、そういえば僕は君に聞きたい事があるんだった。ねえ、勇者君。君は何のために戦っているんだい?実は前の町からつけてたんだ。君はずっと独りで魔物と戦ったけど、それはそんなに楽しいことなのかい?」

 

黒猫はピクリと耳を立てそういった。なんだか落ち込んでいる勇者に気をきかせたのかもしれない。

そういえば最初に声をかけられた時、そんな事を言っていた気がする。勇者はなんと返そうかと考えた、そういえば今まで考えた事もなかった事に気がついた。ただ、1つだけ間違えのない事があった。

 

「ごめんな、猫さん。あんたが期待してるような面白い理由なんか無いんだ、考えたこともなかった。ただな、求められたから。誰かに求められて、それに答える力があった事が嬉しかっただけなんだ。」

 

勇者は顔がにやけるのがわかったが、最後まで言い切り、途端に恥ずかしくなりはにかんだ。黒猫はなんだか白けた顔で言葉を吐き出す。

 

「はあ、勇者君に聞いた僕が馬鹿だったよ、そんな太陽みたいな笑顔で笑っちゃってさ。でもまあ君はそれが良いね、馬鹿みたいに笑ってる顔が似合ってる。」

 

黒猫は言葉の割に楽しそうに笑いながら話した。

勇者は喜んで良いのか考え、『太陽』『似合う』というのはいい意味だろうとまた嬉しそうに笑った。

勇者は太陽を見て、次の村までの旅路を急ぐことにする。

 

「じゃあな、猫さん。俺はもう行くよ。日が上まで登っちまったからな。」

 

そう声を掛けると黒猫は勇者の肩に飛び乗り、器用にそこに腰掛けた。なんだと勇者が目で問いかける。

 

「次の村まで勇者君の話し相手になろう、お代に村まで君の肩をかしておくれ。」

 

勇者と黒猫は2人で笑った、笑いながら村までの歩みを進めた。

 

村についたら、その次の町まで。町についたら、次の村まで。

そんな風にして黒猫は勇者についてきた。毎回別れの挨拶の後、黒猫が勇者に取引を持ちかける。次の場所まで話し相手になる代わりに、次の場所まで肩をかす。

何度も飽きること無く繰り返し、その度笑いながら2人は歩みを進めた。

 

勇者は黒猫と沢山話した。勇者の初恋は協会のシスターだった事も話した。でもそれは6歳の頃の話で、今は町の野菜屋の一人娘が気になっている事も話した。その子に渡してもらった野菜は何時もより美味しく感じる、元気に旅ができるのはその子のおかげだとも言った。

 

黒猫からも沢山聞いた。黒猫は生まれる度色々な世界を見たらしい、後悔を晴らすすべが無いためふらふらと世界を渡り歩いているようだ。黒猫が見てきた世界には、面白いものが沢山あった。黒猫は楽しそうにそれらの話をしてくれた。

 

ただ勇者は気がついていた。何時も「5番目の生では~」という風に話始める黒猫の話に、1番目と2番目の世界は出てこないことに。

勇者は馬鹿では有るが、無神経ではなかった。たまに思考より先に言葉が出ることは有るが、少しずつ気付いたそれに触れる事はしなかった。

 

それに触れる暇も無いほど、話すことは沢山あった。 

 

有る時は砂漠を越えながら話した。

勇者が「ここを抜けたら、死ぬほどエールを飲む。」と息巻くと、黒猫は「それなら僕はとびきり冷えた水に、またたびを添えてもらおう。」と答えた。

 

有る時は吹雪の山を越えながら話した。

勇者が「猫さんはか弱そうだからな、俺の服の胸元に入っとけ。」と言うと、黒猫は「勇者君がとても寒そうだからね、目の前で凍死されるのも目覚めが悪いから温めてあげよう。」と胸元に潜り込んだ。

 

有る時は船で海を越えながら話した。

勇者が「猫さん、船酔いは、大丈夫かい?」と尋ねると、黒猫は「真っ青な顔の君に心配されたくないね、黙って寝てな。」と勇者に寄り添って眠った。

 

有る時はドラゴンに追われる中話した。

勇者が「猫さんちゃんと捕まっててくれよ!」と叫ぶと、黒猫は「そんなことよりもっとスピードを上げることを考えて!ニャァアアァアァアァアア!」と叫んだ。

 

 2人は沢山話して、沢山笑った。そうしていつの間にか魔王城に1番近い村にたどり着いていた。

 

その日の夜は何時もより沢山の事を話した。

 

勇者が「魔王はどれだけ強いだろうか。」と弱音を吐くと、黒猫は「勇者君は僕の弟子だよ?魔王なんて大したことないさ。」と笑い飛ばした。

 

勇者が「あのドラゴンの時は、やばかったな。」と笑うと、黒猫は「思い出さなくていいよ!恥ずかしい!」と怒った。

 

勇者が「猫さん、長い旅だったな。」と寂しげに呟くと、黒猫は「旅はまだ終わってないよ、勇者君。思い出に浸るのが早すぎやしないかい?気が早いんだから。」とからかった。

 

勇者が「猫さん、話足りないな。」と船を漕ぎながらこぼせば、黒猫が「そうだね、勇者君。子守唄代わりに僕の昔話でもしようか。」と言い勇者を寝台に誘った。

 

飲みながら話す内に随分酔ってしまった勇者は、黒猫の話を夢現に聞いた。

 

「1番目の生でね、僕はまだ若かったから直ぐに死にかけたんだ。正に虫の息って感じでね。そんな僕を助けてくれた女の子が居たんだ、あまり話さない子でね、でもたまに微笑む顔がとても可愛い子だったんだ。彼女は僕の元気が戻ると直ぐに、僕を外の世界に戻した。家で飼うことが出来なかったのかな?あの頃はよくわかってなかったけどね。彼女は何時も独りで本を読んでたんだ、僕は毎日会いに行って隣で彼女に話しかけた。あの頃はまだ話せなかったし、彼女の言葉もわからなかったけど伝えたいことは沢山あったんだ。僕は彼女の飼い猫では無かったけど、彼女と一緒に逝きたいなっていつの間にか思ってた。でも僕馬鹿だったから車の前に飛び出しちゃってね、1回目の生はそこで終わり。2回目の生で僕は彼女を探したんだ、でもね彼女はもう何処にもいなかった。猫にはね、わかるんだよ。もう彼女は何処にもいないってわかったんだ。彼女の最後に側に居れなかった、その後悔のまま9回も生きちゃってるんだ。」

 

勇者はもう眠っていた。何処まで聞いたのか、理解できたのかはわからない。

鼾をかき、放り出した腹を掻いている勇者を見て、呆れたように笑う黒猫は独り言を続けた。

 

「勇者君、寝ちゃったね。僕がね勇者君についてきたのは、なんだか君が彼女に似ていたからだよ。独りで戦う姿がなんだか彼女みたいでさ、つい声をかけちゃった。あの頃話せなかった分、君と話せてすごく嬉しいんだ。ありがとう、勇者君。おやすみ。」

 

黒猫は勇者の側で丸くなり眠った。勇者がこの先に自分を連れて行かないことを、黒猫は分かっていた。

 

次の日、勇者は空が青白んで来る頃目を覚ました。隣で身を寄せるように眠る黒猫に手を伸ばし、その頭を撫ぜようとした所で、やめた。よく眠っている、目を覚ませば別れが辛くなるだろう。

 

勇者は伸ばした手をそっと引っ込めると、静かに寝台から降りた。極力音を立てないように、水と干し肉をテーブルにおいた。そして静かに部屋の出窓を少しだけ開け、部屋を後にした。

 

勇者はひとり、振り返ることなく歩みを進めた。

 

独りの旅は懐かしいわけでもなく、ただただ静かだなと思った。あの頃は何を思って進んでいたのか、もう思い出すことも出来なかった。

 

日が真上まで上がりそれが傾いてきた頃、勇者は「今日は野宿だからな、そろそろ焚き火を起こす場所を探そうか?」と言い、自分の肩元を見る。

一瞬の間の後、勇者は「ハハハ」と笑い「猫さんがいたら、またからかわれるところだった。」と呟き、今日の寝床を探した。

 

そうして勇者は村から数日をかけて歩き、遂に魔王城に辿り着いた。

魔王城の中は薄暗かった。次から次に出てくる魔物や、魔王の側近を倒し、ようやく魔王の元へ辿り着いた時には時間の感覚が無くなっていた。

 

魔王は待ち構えて居たように、口上を述べた。

「お前が勇者か、待っていた。我々の間に言葉は要らないだろう。お前の全力を我に見せるが良い!」

 

勇者が言葉を返す間もなく、魔王は攻撃を仕掛けてきた。勇者は「僕は話したい事だらけなのにな。」と思いながら応戦する。

 

長い長い戦いだった。互いに体力を削られ、あと1歩だけ、という状態を何度も繰り返した。先に体力が尽きたのは魔王だった、勇者は野菜屋の一人娘に感謝した。

 

勇者が倒れ込む魔王の背中に剣を突き立てたとき、戦いは終わった。長い旅が終わった。

 

勇者は黒猫が言っていた「家に帰るまでが旅だよ。」という言葉を思い出した。肩で息をしながら勇者は猫さんの所に帰ろう、と思った。魔王の亡骸に背を向け、歩き出す勇者。

勇者は気が付かなかった、魔王が最後の力で勇者に魔法を放ったことに。

 

「死なば諸共!時空の狭間で朽ち果てるがいいっ!」

 

その魔王の声に勇者が振り向くよりも速く、勇者の横を黒い塊が魔王に向かい駆け抜けた。

まさかと勇者が振り向いた時には、完全に命の灯を消した魔王の体が横たわるだけだった。

 

勇者はまさか、嘘だと思いながら数日前に通った道を夜通し駆け抜けた。溢れそうになる涙を必死に堪えた、絶対に認めたくなかった。

 

行きよりも長く感じる道を抜け、辿り着いた村。黒猫の姿は何処にもなかった。勇者がいくら探しても、黒猫の影すら見つからなかった。

 

眠ることなく黒猫を探した勇者が、憔悴仕切った様子で眠りに落ちたとき、勇者は夢を見た。黒猫が雨の中少女の隣で眠る夢を見た。勇者の隣で丸っていたときのように、寄り添うように眠っていた。

 

勇者は夢現に聞いた黒猫の話を、覚えてはいなかった。それでも何だか、大丈夫なんだなと思った。黒猫はとても満足そうだった。

 

眠りから覚めた時、勇者の目には涙が滲んでいた。勇者は悲しくはなかった、少し寂しいなと思った。

 

勇者は国に戻り報償金を貰うと、他の全てを辞退して生まれた町に帰った。帰ってすぐに黒猫の為のお墓をつくった。

 

勇者は数年後に野菜屋の一人娘に求婚し、すったもんだの末結婚して、嬉しそうに笑った。

勇者はさらに数年後、数人の子供に囲まれて、幸せそうに笑った。

家族の中には、白地に黒いブチの仔猫もいた。

勇者はその猫が椅子から滑りを落ちるのを愛しそうに見つめ、「こいつは1回目だな。」と、懐かしそうに笑った。

 

終わり。

ありがとうございました。