kechappu

片田舎のスーパーに陳列されているケチャップが見た夢

雨と少女と猫

雨と少女と猫

 

 少女は雨が嫌いじゃなかった。

 お気に入りの赤い傘を差して歩けるから、嫌いじゃなかった。

 灰色の雲も、どこかにぶつかってはじける雨の音も、どこからか漂ってくるそれらの匂いも嫌いじゃなかった。

 雨の日の町は何時もより暗くて、陰鬱としている。

 その方が自分に似合っている気がして落ち着いた。

 しかし、1つだけ困ったことがあった。

 雨の日は外で時間を潰すのが難しかった。

 少女は何時も、図書室で借りた本を読んで過ごした。

  しかし雨が降ると、何時もの路地裏にある階段は、濡れっ切ってしまって座れないし、学校は遅くまで残ると先生に注意された。

 本は雨の中で広げることができなかった。

 だから雨の日は家に帰り、静かに風呂に入ると、静かに布団に入り瞼を閉じるようにしていた。

 瞼の裏で読んだことのある本の内容を繰り返していれば、いつの間にか眠っていてすぐに朝が来た。

 少女が猫に出会ったのは、そんな雨の日だった。

 何時もより暗い町を、学校を終えた少女は赤い傘を差して歩いていた。

 下を向いて歩く少女が道の上に落ちている黒い塊を見つけたのは、少女の足で4歩程にまで近づいた時だった。

 少女は3歩近づいて屈んだ、黒い塊は真っ黒な毛色の猫だった。

 最初少女は、それを死体だと思った。

 しかしよくよく見ていると、呼吸をしているのか胴がわずかに動いていた。

 少女の頭には何かの本で読んだ『虫の息』という言葉が浮かんでいた。

 それをじっと見つめた少女は『死ぬだろうか?』と考え、『死ぬだろうな』と結論づけた。

 1つ息をついて、少女は立ち上がろうと腰を上げた。

 すると、それに反応したように、黒い塊がピクピクと動いて見えた。

 少女は中腰のまま、傘を持たない左手を膝につき塊を注視した。

 胴はいまだに虫の息を続け、わずかに動いている。

 少し視線をずらし尾を見れば、もう死んでしまったかの様にくったりとしている。

 少女の目は滑らかに胴の方へ戻り、そのまま塊の頭であろう部分に向けた時、大きく見開かれた。

 黒い塊のなかから濃い黄色が覗き、少女をじっと見ている。

 ドクドクと音がする。

 少女が気づいたときには、塊は少女の鞄に入っていたタオルに包まれ、少女の胸に抱かれていた。

 少女は何時もよりも駆け足で、何時もの道を抜けた。

 

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 少女は雨が嫌いじゃなかった。

 お気に入りの赤い傘を差して歩けるから、嫌いじゃなかった。

 視界がボヤけて、目の前しか見えなくなる様な感じが嫌いじゃなかった。

 酸性雨が色んな汚れを溶かして、何処かへ流してくれるから嫌いじゃなかった。

 雨が止んだ後、雲間から射す日に照らされた街が嫌いじゃなかった。

 眩しすぎる青空よりも、灰色から射す光が見ていて心地よかった。

 そんなある雨の日だった。

 少女は『満身創痍』だ、と思った。

 何かの本で読んだ言葉の意味を身をもって理解した。

 腕も足も1ミリたりとも動かせないし、頬を伝い唇を流れた雨水には血が滲んでいた。

 目尻から零れる液体が、雨なのか涙なのかもわからなかった。

 少女はお気に入りの赤い傘を弱い力で抱きしめ、横たわっていることしか出来なかった。

 少女はただぼんやりと雨に打たれる地面をみていた。

 時々長い瞬きをしながら地面に弾ける雨粒をみていた。

 少女は『死ぬだろうか?』と考え、『死んでしまいたい』と思った。

 ふと少女の目に黒い影が映った。

 黒い影は少女に近づき、少女の鼻頭に己のそれを近づけ、『フンフン』と何度か臭いを嗅ぐような仕草をみせた。

 黒い影は真っ黒な毛並みの猫だった。

 黒い影は納得した様に、『フンッ』と先程より少し大きな音で鼻を鳴らし、そのまま手首を己の体に仕舞う様にして、少女の側にうずくまった。

 少女は視界のボヤける目を影の尻尾のある方に移した。

 ボヤける視界では、その有り様がよくわからなかった。

 少女はそのまま視線を移し影の胴を見た。

 ボヤける視界では、雨が打ち付けているのか、胴が動いているのか、よくわからなかった。

 少女はその影の頭であろう部分に目を向けた。

 何事もないように瞼を閉じた猫が鮮明に見えた。

 世界の音が止んだ。

 少女が気づいたときには、その影は少女の腕の中にあった。

 弱い力でそれを抱きしめ、少女は長い夢をみた。

 

 少女は、赤いお気に入りの傘を持っている。

 小雨の中を傘はささず、歩いている。

 少女の前を黒い毛並みの猫が、時々少女を振り返りながら歩いていく。

 段々と雨が薄くなり、灰色の雲間から光が射す。

 少女は雨が嫌いじゃなかった。

 雨の後に架かる、虹の色味が嫌いじゃなかった。

 少女は虹の根元にたどり着いた。

 虹の橋に一歩踏み出したとき、とても甘い様な、心が温かくなった様な気がした。

 少女は、長い夢をみた。

 

終わり。

ありがとうございました。

 

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